【連載】ココシャネルに学ぶ「時代をつくる女の生き方」♯3



恋の終わりは自分から

実はシャネルは愛に対してものすごく敏感な女性。恋の終わりを感じると自分から去るように決めているというと、とても潔いカッコいい女性のように聞こえますが本当は、捨てられることに、とても敏感なのではないかなと思います。

前回のコラムでご紹介しましたがシャネルの父親は放浪癖と浮気癖のある男性でした。父はもともと母親と結婚するつもりはなかったのですが、母の親戚に説得され渋々、結婚生活を送ることに…。しかしその結婚生活も長く続かず、しばらくすると父は何日も家に帰らないということが続きました。
その結果、働きづめだった母親は若くに病死。母がいなくなると、父はシャネルをはじめ、4人の子供を保護施設へ預けたまま、二度と迎えに来ることはありませんでした。

「いつか迎えに来る」という父の嘘を信じ、ひたすら待ち続けていたシャネルにとって、捨てられたという事実を理解するにはかなりの年月がかかりました。信じることで辛い毎日をやり過ごしていたのに、それすらも幻影だと悟ったシャネルは愛情に対して強いコンプレックスを感じるようになっていったのかもしれません。

こうした幼少期の辛い経験から、愛情が消えいる様を感じて落胆するよりも先に自分から終わらせることで、その恋を美しい思い出にしようとしたのではないでしょうか。自分からピリオドを打てば、捨てられる恐怖もなく、相手にとってもまたシャネル自身が『いい女』のままで終われることを本能的に知っていたのかもしれません。

重い女にだけにはなりたくない

シャネルは恋多き女性でも知られています。しかし、その一方で去るもの追わずな思考の持ち主。相手が自分に対して興味が薄れると、消えるようにいなくなるのです。とくに彼女は男性に重たい女と思われることを嫌がりました。その証拠となる有名な名言があります。

“ I never wanted to weigh more heavily on a man than a bird”
(男の人に小鳥の重さほどの負担もかけたいと思ったことがない)

多くの女性がそうでありたいと願いながらも、現実は愛するがゆえに相手を束縛し、恋の終わりにはなんとか修復させたいとすがるものです。シャネルもまた本能ではそうしたいという気持ちに駆られたことは人生で一度や二度はあったに違いありません。しかしシャネルは、消える恋にすがる醜さを誰よりも知っていたのではないでしょうか。そう、シャネルの母、ジャンヌの愛し方のように。

シャネルの母親、ジャンヌは愛のない父にすがり、父の帰りをひたすら待っていた女性。時にはどこへ行ったかもしれぬ父を、追いかけて飛び出していくほど父に執着をしていました。そこには夫を愛する気持ちもあったのかもしれませんが、おそらくは夫にすがるほか、生きる道がなかったという当時の女性の悲しいまでの社会的地位のなさも関係しているかと個人的にはそう感じています。

とはいえ、愛のない夫を待つばかりの母親をそばで見ていたジャンヌは、その姿勢が夫を余計に家によりつかなくさせたことを悟ったのかもしれません。重たい女は男が嫌うということを直感的に理解していたのでしょうか。

対して、シャネルは重たい女などとは真反対の軽やかさで恋を楽しみながら、自分の人生を謳歌する魅力的な女性へと成長していきました。男性の心理を理解していることもあって、シャネルはとにかくモテていたそうですよ。

自立心あってこその恋愛

私たちの人生は、恋愛だけで構成されているわけではありません。仕事、将来の目標、友達との交友関係や趣味など、様々なライフカテゴリーがあって、それぞれにバランスよく楽しめることで調和のとれた人間へと成長していくのではないでしょうか。

恋にすがる情熱的な時代はあって良いものですが、そればかりに夢中になってしまうと自分の生きる道、生活力、自立心がなくなって誰かに依存して生きていくような人生になってしまいます。その依存を相手が感じ取ってしまったが最後、それは相手にとって“重荷”となってしまうのでしょう。

恋愛は、充足した自分の人生の一部にしか過ぎない。それを忘れずに、適度に相手の重荷にならない形で恋愛も仕事も楽しんでいきましょう。