職業はいつからか、勝手に生まれていた #フリーランスに生きる 【鰹節伝道師 永松 真依】



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近年注目されているフリーランスというワークスタイル。 個人で動ける自由さは一見あるように思えるが、もちろんフリーランスというものはそう甘い世界ではない。 それを知っていながらも、フリーランスというワークスタイルをなぜ人は選ぶのか?
今回はカツオちゃんこと、鰹節伝道師として活躍する永松 真依さんにインタビュー。

おばあちゃんが作ってくれたダゴ汁が、感動するほど美味しかった

ー鰹節伝道師、というまた珍しい肩書きをもつ永松さんですが、このお仕事を始めたきっかけを教えてください。

今は29歳になるんですけど、25歳くらいの時かな。「この先どうしよう」と悩んだ頃があったんです。それまでは仕事として派遣のアルバイトをやっていたんですけど、夜も遅いのにそこから遊びに行ったり、家に帰らないことも…とかなり不安定な状態で、もちろん両親も心配していて。疲れを感じ始めた頃に一度、福岡の祖母のところでのんびりしてみようと思ったんです。

おばあちゃんは自宅で毎日で料理を作っていたので、ぬか漬けの混ぜ方とか、日本に昔からある食の歴史みたいなものを教えてくれました。

ある日、鰹節削り器を急に取り出して、大分の名物でもあるダゴ汁を作ってくれたんです。人が鰹節を削る姿を初めて目にしたんですが、その時の姿がすごく格好良くて、芯の強さみたいなものを感じて。その美味しさに感動するのと一緒に、日本の食文化は美しいということを知りました。

そこからはもう、鰹節を実際に作っている職人さんはどれくらいいるんだろう? と色々なことが気になり始めて、おばあちゃんからもらった鰹節削り器を片手に、職人さんに会いに行く旅が始まりました。

ー鰹節職人に、直接会いに行こうと?

そうです。派遣先の会社でお休みをとって、多分一週間後には行動してました(笑)

あんまりしっかりと調べていくんじゃなくて、気の向いたところとか興味の持ったところに行ってみようと。勝手なイメージで、なんとなく山梨県に向かう鈍行列車に乗り込みました。

ーえ? 下調べとかもなしに?

はい(笑)で、なんとなく素敵だな〜と思ったところで降りたのが、上野原市というところだったんですが、おじいちゃんバスガイドさんが私の持っていた鰹節削り器を見て「懐かしいものを持ってるね」って声をかけてくれたんです。それで、私の持っている鰹節削り器を確認した後に、後部座席から工具を取り出して、調節をしてくれました。鰹節削り器に調節っていう作業があることも知らなかったので、驚きましたね。

2時間くらいかけて、西原という場所に着いたんですが、ここが日本で指を数えるくらいの長寿村と呼ばれているところで。90歳近いおじいちゃんがバイクを乗りこなしたりとかしているんです。
そこでは雑穀を大切に育てていて、もちろん雑穀を使った料理も豊富でした。「長寿の元は雑穀だ」と言ってましたね(笑)

畑仕事とかのお手伝いをさせてもらったら、数日間家に泊めてくれることになったので、蕎麦の実を水車で引いて、わさび菜を採ってきて、鰹節削り器を出汁をとって、蕎麦を作ったりと料理を振る舞いました。

ーすごい、その頃には料理はマスターされてたんですね

やっぱり、美味しいって感じてもらうことが一番、鰹節の魅力だと思ってたので(笑)
だけど、鰹節削り器は持っているものの、鰹節の歴史に聞かれても答えられないんですよね。現場を見てはいなかったので。なので、次は漁師に会いに行かなくちゃ、と思って、次は漁師さんに会いに。南は宮古島から、北は気仙沼まで。カツオの産地だと言われるところにはできる限り行きました。

ーすごい行動力ですね

そうなんです、というのも今日本に当たり前にある、出汁の始まりは鰹節だったんですよね。昆布は北海道がメインなんですけど、鰹節の材料になるカツオは、カツオが回遊する太平洋側であれば日本列島全体で取れるんです。海と山(薪)があれば。だからそれぞれに歴史があって。

実は色々な地域で『カツオ祭り』というものも開催されているんです。土佐での黒潮一番祭りが有名かもしれませんが、静岡でも、千葉でも。日本各所でイベントが行われているのも、単純にすごいなって思いませんか? カツオが日本の食文化を支えてくれていたんだなって。

ー確かに、日本人なのに出汁の歴史を知ることなんてなかなかないですもんね。話を聞いていると行動力の早さに驚かされるんですが、それはどういう気持ちで?

本能で「好きだ」って感じたからですかね。削ったばかりの鰹節の香りは別格だし、日本人だからか、出汁を嫌いな人には会ったこともない。それは離乳食が出汁からスタートはするからだと思うんけど、だからこそ家庭の味が出汁になって和食=難しいとか職人とかいうんじゃなくて、もっと家庭的な、日常のワクワクに変えられればいいなって思いました。美味しいって、単純に人を笑顔にしてくれるじゃないですか。つきたてのお餅に、出し殻で作った鰹節を浸した醤油とか、もう最高ですよ。

知りたい、の気持ちが行動へ。いつの間にか広まり、それが仕事になった

ー実際に、それが仕事になったのはいつからなんですか?

バイトをしながら色々な地域に移動していたんですけど、せっかくならやっぱり何かで発信をしないといけないな、と思ってSNSでの発信を気にかけるようになりました。鰹節削りというパフォーマンスだけじゃなく、食を楽しんでもらう。楽しんで食べられる空間を伝えるために、フードコーディネーターなどの資格も取得して、あとは和食と言えば京都だろう、ということで京都の和食屋さんで働いたりもしました。

発信を気にかけていたら、ある時友達に「鰹節を買いたい!」と声をかけられました。あとは、鰹節削りを実際に見る機会もなかなかないということで、徐々にワークショップやイベントなんかにも声をかけてもらえるようになって。

そんな時は単純に、一番出汁、二番出汁、三番出汁の変化を楽しんでもらって、最後はふりかけにしたり、と。鰹節を最後まで使い切ることを楽しんでもらおうと思いましたね。親子向けのワークショップとかでも、すごく喜んでもらえるんです。出汁って、誰でも美味しく作れるものだから。

表参道「Bar&.miiiii」で朝御飯食堂「カツオ舎」を営業

ー永松さんの活躍をテレビやラジオで、見かけたことがあります。すごい発信力ですよね。

やっぱり珍しかったんだと思います。どこに行くにも鰹節削り器を持っていたので、いつのまにか「カツオちゃん」というアダ名がついて(笑)
何かのきっかけで声をかけてもらえるようになったり、ですかね。だけど、自分のことを表現できる業種はないから、いつのまにか鰹節伝道師という肩書きができたというか、作ったというか(笑)

食を通して知り合う人も増えたなと思います。単体だと目立たないかもしれないけど、ご飯や味噌汁、たくさんのものと一緒に繋がれるものが鰹節でもあるので、それを軸に和を広げたいな、と。最初は自分だけだった活動も、今ではいろんな人と一緒に何かをやることが増えました。好きを追求した結果がお金になるってわかってからは、それを仕事にしていきたいと思うようになりました。

鰹節愛が強すぎて、鰹節を使ったピアスも手作りで作ったのだとか

ー好きを追求して、生活ができるってすごいことですよね。これからもっと伸ばして行きたいことはなんですか?

美味しさはずっと続いていくものだから、着地点っていうものはないと思うんです。だけどやっぱり、知ってもらわないといけないと思うので、国内・海外とこだわらずにもっと活動的にいきたいな、と思っています。恋愛とか結婚とか、きっかけは色々あると思うんですけど、「誰かのために料理を作りたい」って思うことって絶対あるじゃないですか。料理には愛があるし、愛が必要。だから、気持ちで動く女性たちが活動的になっている今こそ、日本食についてを考えるきっかけになれば、と思っています。

これは少し別の話になるんですが、潮の満ち引きと、女性の生理現象に関係があるって言われているんですね。それを実感した瞬間というものもあるんです。

ーなんですか? 気になります。

三浦半島に行った時に、山と海が繋がっている場所があったんですが、潮が引いた時に、そこに住んでいる山蟹たちが一斉に顔を出したんです。時計があるわけじゃないのに、満月があると自然と海に向かう。私はその風景にすごく感動したんですが、生き物って、そんなものだと思うんです。女性と月の関係、とかもすごくある。今はそういうものも学びたいなと思っています。

私は女性なので、どうしても女性に向けたものが発信が中心になります。だけどそれでいいと思うんです。女性としての特性を最大限に引き出して、シンプルに、幸せに毎日を楽しみたい。そのためには、やっぱり食は大切だと思っています。母乳には旨味成分が含まれているように、生き物と食には大きな繋がりがあるから。食を通じて、四季を感じたりもできる。もっともっとシンプルに、無駄を無くしていきたいですね。

ー本来、持っている力を引き出すきっかけを、食を通して知ったんですね。

そうなんです。頑張らなきゃいけない、とか無理をすることもしなくていいなって。もっと自分の気持ちに素直に、揺れ動くことを受け入れようって思います。年を重ねることで、色々なものから解放されてきたなって実感しています。結婚を含め、「何歳になったらコレをしなきゃ」とか型に当てはめる必要もないなって。私の場合は、鰹節に触ったらテンションが上がるんですけど(笑)

好きなことをしている時って絶対的に楽しいじゃないですか。幾つになっても、幸せって降ってくるものだと思うんです。だからこそ、年を重ねることが幸せで仕方ない。だからもっとシンプルでいい。そうやって、もっと周りを幸せにしたいと思っています。

ー女性として、幸福度を高めるためにはどんな材料が必要だと思いますか?

私は自分自身、素敵な女性に会えているなと実感することがすごく多いんですけど、やっぱり人に委ねてばかりはいけないなと思うので、強靭な気持ちを持つ、とか余裕のある人になりたいなと思いますね。恋愛も、どっちかばかりに比重がかかりすぎてはいけない。広い視野と母性を持って行きたいですね。軸のしっかりとした女性こそ、幸福を自分で生み出せると思っています。

ーすごく勉強になりました。ご協力ありがとうございます。

永松さんが運営する「カツオ舎」オンラインサイト

終わりに

永松さんの行動力にはすごく驚かされるものがあるが、本当に好きなものに出会った時、私たちの人生は大きく変わるのかもしれない。今、目の前に広がる環境や先入観、型に当てはめる必要はない。自分が気になったもの、好きなものを素直に問いかけてみよう。もしかしたら、自分の奥底にある「好き」の可能性がずっと広がって、新しい職業になるかもしれない。
音源を再生しているだけで、笑いが溢れてしまうくらいに、鰹節への愛が溢れていた永松さん。これからの活躍がますます楽しみで仕方ない。