毎日の満足度を上げるために、ノルマにしてほしいたった一つのこと



なんか最近、パッとしない…

ダイエットを頑張っていたあの頃は、毎日お腹を減らせつつも、変わっていく自分の姿を見ているのが好きだった。時には、友達グループにハブられながらも、なんだかんだみんなと一緒に居た学生生活は今考えれば最高に楽しかった。

私にだって、キラキラした毎日はあったはずなのに、今ではダイエットをする気も起きなければ、友達を誘うのすらなんだか面倒くさい…。

大人になればなるほどに、覚えてしまった諦めはもちろん外見にまで現れて、見た目も中身もなんだか全てがパッとしない自分にちょっとした罪悪感と悲しさを感じてしまう。せっかくの休日も、ベッドの中で一日スマホをいじるだけで終わりそうだ…。

毎日をもっと満足度の高い日にするためにはどうすれば?

毎日をキラキラさせる、なんてSNSに溢れたような画面を自分でつくるには無理がある。だけど、もっと楽しみたいし、満足したい。満たされない毎日を、もっと楽しく自分で演出するためにはどうすればいいのだろう。

すぐに”面倒臭い”を感じてしまう自分に、無理のなく、だけどこなさなきゃいけない「何か」はないものか。

最近お酒をなしに、楽しいと感じたことはなんだろう。自分が楽しいと感じる要素は一体なんなのだろう。自分の中で、黄色に似た感情を持つ要素をひとつずつ深堀りたいと思った。けれど、自分のことって意外とわからないものだ。楽しいと感じたものを見つけるだけでも割と時間がかかってしまった。

“楽しい”の要素を深掘ってみた

私が辿り着いた、楽しいの要素はどうやら、”いつもと違う環境(旅行など)”と”いつも通りのコミュニティ(友達)”だった。どうやら自分は、旅行に行ったり、初めての”体験”に興奮を覚えて、信頼のおける友達と会話をすることが楽しいと思う要素らしい。いつもと違うもので好奇心を埋めながら、いつも通りのもので安心感も得る。どちらにも”楽しさ”を感じるらしい。

まじまじと考えなかったらわからなかった自分を楽しむための「コンテンツ」。これを仕事と同じように、生み出してタスク化していくとどうだろう。これを実践すると私は楽しさに満たされて、毎日の充実度が上がるんじゃないか。

“楽しむ”をノルマにしてみた

そこで私は自分自身に意識して楽しみをつくることをノルマにしてみた。だけど”楽しむ”はそんなに簡単につくれるものなんだろうか? まずは楽しいと感じた理由について考えよう。そう考えた結果がこれだった。

【旅行を”楽しい”と感じた理由】
①自分の好きに時間や予定(内容)、行く場所を考えられる
②自分のことを知らない人たちが居ることで解放感が与えられる
③その土地にしかない空気感を味わうことで、新鮮な気持ちになる
④おいしい料理を食べて舌を肥やす(経験値を得る)
⑤その土地土地に新しい出会いがある

【友達と遊ぶことに”楽しい”と感じた理由】
①気を遣う必要のない安心感
②くだらない話でのストレス発散ができる
③おいしい食事とおいしいお酒

これを見ると、どちらに関しても、私の”楽しい”要素には食が共通していることがわかるだろう。それとは別に、「おいしい食事」は、いつだって実践できるように思えた。美味しい食事に”誰か”だったり”どこで”を掛け算することで、きっと私はその物事に”楽しい”という感情を持つことができるということだ。

掛け算を知った瞬間に、急に今までの悩みが全部クリアに見えた。たとえば、初めて観る映画×ポップコーンのように、いつもの日常も楽しむの立派な理由だってことだ。今まで私は贅沢だったのかもしれない。日常の当たり前に目をつける能力「編集力」をつけるかつけないかで、楽しいの回数、毎日への満足度はこんなにも変わるのだ。

日常編集力を身に付けると、充実度が変わる

自分をよく知り、そこに掛け算するだけで”楽しい”をつくることはごく簡単に思えた。だけど、私たちはとても欲張りで、それすらも時間がたてばマンネリ化してしまう。だからこそ楽しいを「ノルマ」にしてしまうことで、私たちの日常編集力は研ぎ澄まされるのだ。食だけじゃなく、友達×初めての場所などの掛け算が無限にあるように、素直に自分の感情を知ることと日常を掛け合わせは無限にある。

“退屈”な中に楽しみはたくさん落ちているし、”当たり前”の中にも楽しみは見つけられる。毎日の充実度への変化を実感することへのハードルは、意外と低いものだった。

時間は無限じゃない、だからこそ毎日のちょっとした幸せに幸福を感じたいし、楽しさに充実を覚えたい。

「毎日が退屈で…」なんて思っている人は、ぜひこのノルマを自分の中で課してみてほしい。人からの評価や、ひっきりなしに来る連絡、そんなノイズによるストレスを全てかき消すみたいな、充実感を上手に生み出すのだ。