自分の活動に対して批判やアンチの声。落ち込んだ時の逆転発想とは|MY WORK ヒント#26



見てしまった、批判的な言葉

これは、フリーランスや企業勤めに限らずありえることですが、自分の仕事スタイルを強く持てば持つほど必ずと言っていいほどアンチの声が出てくる場合があります。私自身の体験でお話しすると、コラムをこうして連載させていただくことができたことは嬉しいのですが、配信先に書き込まれた批判的なコメントを目にしたことがありました。

おそらく、書き込んだ本人は私がどんな気持ちで執筆をしているのか、想像はしていないと思います。何気なく目に留まったから、感想を書き込んだ。おそらく、それ以上でもなければ、それ以下でもない。そう感じるコメントでした。

毎回のコラムに今まで感じた様々な想いを込めているので、批判的なコメントを見た時は、気にしないようにしているつもりでも、どこか引きずって気にしている自分に出会うことがあります。自分の書き方や言い回しが、ダメだったのかな……?と。

しかし、考え方を少し変えただけで、むしろ批判的なコメントが「感謝」に変わったきっかけがあるのでご紹介したいと思います。

一方通行は、虚しいもの

私は、今まで自分の「好き」だけを意識して生きていました。好きだったら、頑張れるって。大学で音楽を専攻した私は、卒業後に何か自分のできることから始めようと思い、一年間で50箇所の老人ホームへボランティア演奏をして回ったことがあります。

当時は、それが自分にとってやりがいであり、少しでも自分を知って欲しいという気持ちだったのです。しかし、多くのボランティア演奏をして学んだことは、「あ、これは自己満足かもしれない
と言う気づきでした。

もちろんボランティアをすることに意味は大きくあると思うのと同時に、感謝される場面も多かったのは事実です。でもそれは、「仕事」ではありません。自分で電話をして直談判をして、演奏しに行く。求められている気がしたけれど、冷静に考えると一方通行な想いだったと思います。

世間から相手にされている感覚

そこから資格を取得してライターになった訳ですが、長らく一方通行な想いをぶつけて、なんだか気持ちが満たされている気がした私からすると、自分が執筆したコラムに対してコメントがついたことは、正直「世間様からの、反応があった」と小さな喜びでもありました。

何もない0が、1になった気がして。たとえ批判的な内容だったとしても、自分が起こした行動に対して、反応があることが存在意義に変わったのです。そう、本人に興味がなければスルーです。

わざわざ時間を使って、コメントを書き込むこともしないでしょう。今回はネット上の批判について例を出しましたが、本人の耳に直接入る批判的な噂も、同様だと思います。興味の反対は、無関心。

話題になっているだけで、それは「存在意義」ができた証拠ではないでしょうか?