「良かれと思ってやったのに……」親切な人とおせっかいな人の差とは?



親切心がおせっかいに……?

自分にとっては親切にやっていたことでも、相手は「おせっかいだと」感じてしまうことがあります。

例えば電車に乗っていて、おばあさんが来たから席を譲ったのに関わらず「年寄りだと思ってバカにして」なんて怒られたという経験がある人も。「おせっかい」の定義は人によってそれぞれ。
考え方や感じ方が違いますから、受け取り方に違いがでてきます。けれど、時には誰しもがおせっかいだと感じる人も中にはいて、その場合は、相手よりも自分を見ていることが、原因であることが多いのです。

自分は良かれと思ってやった行動が相手に迷惑をかけてしまうのはちょっと悲しいですが、そもそもおせっかいと親切の差とは何のでしょうか?

親切な人にあって、おせっかいな人にないもの

親切な人にはあっておせっかいな人にないもの、それは「観察力」があるかないのかの違いです。

親切な人は相手が何をしたら喜んでくれるのか日頃から性格や習慣等を観察をして情報を集めています。それによって自分ベースではなく相手ベースで考え、その人が喜んでもらえる行動ができるのです。

しかし、おせっかいな人には自分ベースなので「何かをしてあげることができる自分」に意識が向いてしまいがち。相手の為になることと自分が思うこと、その相手が本当に望んでいることが、
必ずしも正解ではありません。自分が思っていることをするのは、思い込みであり、善意の押し付けに過ぎないのです。

親切な人になるにはどうすればいい?

観察力を身に付け、親切な人になるためには、人に対する興味を持つことです。好きな人がいれば自然と『人を喜ばせたい』という気持ちを抱き、相手の表情や仕草や声のトーンなどよく観察をしますよね。それと同じように職場の人や友達にも興味を持ち、観察をします。

もちろんただ見ているだけでは全てを読み取ることはできないのでコミュニケーションも重要です。

会話をすることで相手がどう思っているのか、何が困っているのか、何を手伝ってほしいのか、が理解がグッと深まります。大事にしたい人の心を知る。それが相手を理解するということに繋がります。

おせっかいと親切は似て非なるもの

おせっかいな人は引き際がわからず、求めている以上のことをしてしまうことも。もちろんそれが相手のためになることもありますが、必要以上にやってしまうと逆に相手にとってはプレッシャーになり、その世話焼きをお節介と感じてしまうことも。

よくおせっかいと親切は紙一重と言われていますが、過度なおせっかいになると似て非なるものだと思います。自分の価値観だけで判断をしないで、人の気持ちをよく考えて行動したり言葉をかけることでおせっかいな人にならないように注意しましょう。