読者の方から寄せられたエピソードを元に、弁護士さんに解説やアドバイスをしてもらう人気連載「これってハラスメントですか?!」。今回は番外編として、いつも回答をしてくれている齋藤 健博弁護士に直接インタビュー。ハラスメントの実情から、世間を賑わせたセクハラ問題についても、詳しく聞いてみました。
人間関係トラブルは年々増加傾向に? ハラスメントにもっとも多い相談内容は……
ー早速ですが、現在のハラスメント事情について聞かせてください。人間関係のトラブルの報告件数はこれまでに比べて増えているという調査データもよくみられますが、実際のところはいかがですか?
ハラスメントにもパワハラやセクハラなどさまざまなケースがありますが、実際に相談されるケースは圧倒的に増えているように感じますね。これまでにも同様にあった問題ではあると思いますが、女性の働き手が増えたことや、多様性が叫ばれるような時代になったことで、被害を声に出すことができるようになったのが理由だと思います。
ただ実際のところ、これまでに比べると悪質なパワハラやセクハラは減ってきているのではないかと思う面もあります。
パワハラやセクハラが一体どんなものなのかを、なんとなく理解できている人が多いのでしょう。では今、ハラスメントに関する相談で、もっとも多い相談が一体何かわかりますか?
ーハラスメントでもっとも多い相談内容、一体なんでしょうか?
実は、もっとも多い相談内容は、マタハラ(マタニティーハラスメント)です。
パワハラは比較的判断しやすく成立しやすいのが特徴ですが、マタハラの場合は「あなたが悪い」が成立しづらいのが問題にあります。悪気のないハラスメントであれば、慰謝料などの請求もできません。
昔からマタハラ問題はありましたが、ハラスメントの定義が曖昧で、本来であればマラハラに分類されるはずの問題もパワハラだと片付けられてきてしまったのが根底にあると思います。昔はパワハラだとまとめられてきた事案を、紐解くとマタハラだったというケースが多いですね。
ーライフステージの変化に対応ができない会社と、働く女性の間にトラブルが起こりやすいのですね。
ハラスメント問題をおこしやすい環境ってどんな環境?
ー相談にくる人には、どのような職場環境の方が多いのでしょうか?
やはり中小企業の方が圧倒的に多いですね。
大きい会社は、法律に違反するようなことがあればすぐに話題になるので、派手な揉め事は起こりづらいです。それでも一定数あるのですが……大手の会社に勤めている人からの相談で多いのは、事実上の減給やポジションの変更などが違反行為に当たるのか? といった内容ですね。
日本は99%が中小企業だといわれていますが、その中でも育児・介護休業法などの知識を持っている経営者が少ないことが問題です。働く女性が増えたとはいえ、まだまだ男性の割合に比べると少ないのが現状です。社員から懐妊報告があった際の正しい対応がわからず、減給を言い渡すケースもあります。
そうなるとこれはパワハラなのか?マタハラなのか、セクハラなのか、とにかく切り出し方が難しいです。
「会社のやり方が気に入らない」という相談であればパワハラに近しくなってしまいます。妊娠を理由とした減給はもちろん法律的に違反ですが、切り出し方によってはパワハラに分類されてしまうということ。この境界線が難しいですね。
ー妊娠したことを報告したら、減給を言い渡された。これだとまるで妊娠したことが悪いと言われているようで、つい相手(会社)を責め立てたくなってしまいますね。だけどその伝え方が大事だと。ある程度境界線をもうけるとしたら、どのように区別すれば良いのでしょうか?
生じた不利益の原因が大きいですね。妊娠によるものなのか、勤務態度によるものなのかなど、きっかけが何なのか? が大切です。これは会社側が明確に説明する義務があると理解しておくとよいと思います。
例えマタハラであったとしても、その社員が会社にとって必要であれば会社側はなるべく残そうとするはずです。そう考えると、会社側が我慢していたパターンはないのか? と指摘が入ります。
どんな環境であればハラスメントは起こりづらい?
ー人間関係のトラブルは非常に分類わけが難しいですね。表現の違いによってトラブルが増えることもありそうです。ちなみに、ハラスメント問題が起こりやすい環境ってあると思いますか?
わかりやすいのは、男性優位の会社ですね。男性優位というのは、従業員の男女比だけを指しているのではありません例え男性が51、女性が49の割合で構成された組織であっても、50:50の会社と比べると全く違います。管理職など、上に立つ人が男性が多いこともあって、マタハラを理解できない人が多いのかもしれません。
ーなるほど…逆に良い環境というのはどのような環境のことをいうのでしょう?
人間関係に関するトラブルがあった際の相談窓口がある会社が増えてきています。100人規模の会社であっても、取締役に女性がいる会社は、窓口を設置していることが比較的多いです。ただ、これだけで判断をするのも危険です。
あくまで会社への相談窓口なワケですから、相談をしたところで自社のレピュテーションを守ることを前提に議論が進みます。そのため仲裁などといってうまく丸め込まれるケースもあるのが悩みどころですね。ただ、そういった窓口が設置されていることで、大きな揉め事は起こりづらいといった側面があります。
最近話題になった、某アパレル会社社長のセクハラ問題…申し立ては本人でないと意味がない?
ーそうなると、客観的な意見をもらうのが一番確実ではありますね。ちなみに、セクハラについてもお伺いしたいのですが、少し前に、某大手アパレル企業の代表(現在は辞任されました)のセクハラ疑惑が問題になりました。LINEのやりとりも公表されていましたが、あくまで疑惑として処理されたのが疑問です。やはり、被害者である当事者本人が訴えを起こさなかったことが理由なのでしょうか?
弁護士から言うと、セクハラに関しては証拠がないのは当たり前です。だいたいのトラブルが突然起こることです。そのため、録音機器などの物的証拠を出すのが難しい。けれど、警察は証拠がないと動けません。被害にあってすぐに被害届を出すなど、早急に動いておかないと警察側も証拠不十分で動けないね、と断るしかないのです。
ーなんだか悔しいですね。ちなみに報道直後はSNS上で「私も被害者だ」と名乗る女性がいました。LINEのやりとりやホテルへの誘いなど、断ったため未遂では済んだケースもありますが、そのような証言が束になっても全く証拠として認められないのでしょうか?
強制わいせつ罪という点では成立していませんが、職場に置いてそのような行為をすると、職場の環境を害していると見なされます。その場合は、「正当な労働者として真っ当に働く権利を侵害している」といえますね。その場合は検事ではなく民事として、不法行為が認められ慰謝料請求権が発生する余地があります。
取引先の相手からセクハラ被害を受けた場合は、被害者がその会社の勤務において行われた不定行為であれば請求ができます。プライベートのコミュニティで出会って、セクハラ被害だというのは正直難しいでしょう。相手がしつこかった場合などは、ストーカー規制法に当てはまる可能性はあります。
ーちなみに、SNS上で「こんなことがあった!」と相手を晒しあげる行為は、逆に侮辱だととらわれるのでしょうか?
名前や社名、住所などをわかる形でありもしないことを書いてしまった場合は、相手からの訴えがあった際に虚偽だと指摘されます。個人が特定できる情報ではなく、わかる人にはわかる……というくらいに書く分には問題ないでしょう。
社内の人間がハラスメントに気づいた! 集めておくべき証拠と戦い方は?
ー被害者が訴えないことには、証拠として認めるのが難しいということがわかりました。けれど、被害に遭った張本人が、すぐにそのような行動を起こせるとは思えません。特に相手が権力者であればあるほど、口を閉ざす人が多いと思います。セカンドレイプが起こって、さらに傷つけられることもあります。例えばですが、自分の大切な人や、同じ社内で傷ついた人がいた場合は、どんな風に戦えば良いのでしょうか。第三者が力になる方法はないのでしょうか?
裁判をしてやっとパワハラ・セクハラというハラスメントが認められるので、まずは簡単に「セクハラだ!」と決めつけないことが大切です。冷静に、経過がわかる証拠を集めることが効果的です。SNSでも日記でもいいので、日々の出来事、事実だけを残しておくと良いでしょう。
被害者の同僚が「セクハラだ!」と訴える必要ないので、「このような事実がありました」と提出できるものがあると良いですね。客観的に見てあまりにもひどかった場合は、メモに残して被害者本人に言ってもらうのがベストです。
また、被害を受けた直後に、本人に考慮するLINEなどを残すのも効果的です。具体的に内容を書かなくても良いので「このようなことは今後困ります」というようなやりとりを残しておきましょう。証拠を集めておいて、あとでまとめて問題にする場合に効力になります。
もちろんこれだけの内容で、「このやりとりの10分前に触られた」などと具体的な証拠に持っていくのは難しいですが、「この時点においてこのようなやりとりがあった」というところまでなら立証ができるからです。
ひとつのLINEのみで立証をするというのは難しいですが、いくつか材料があれば立派な証拠だと認められます。最近はzoomのみでのセクハラもよく聞きますが、直接触れていなくても、セクハラの経緯にはなるのです。
証拠として残しておくべきものは
ー日々の記録と、被害直後に迷惑行為であったことを本人にやんわりと伝えておくが大切なのですね。それ以外はやはり被害届が一番だと。他にも証拠として残しておくべき有効な手立てはありますか?
会社であれば、直後に上司と相談した履歴を残しておくと良いでしょう。誰かに被害を報告し、裁判でそれを認めてもらうことが大切です。第三者に被害を報告をする場合は、自分も疑問をもたれるような行動をしていないかどうかがわかるように伝えましょう。外堀りを固めていくことが大切です。
ハラスメントを防ぐために個人がやっておくべきことは?
ーハラスメントを防ぐために、個人がやっておくべきことや知っておいた方が良い情報はありますか?
違和感があったらすぐに相談するのではなく、違和感があった時の記録を残しておくことです。時効までには3年あるので、その違和感が正しいか正しくないのかを自分だけでジャッジしないことです。
先ほどのように記録をメモしていったり、やりとりを残しておいたり。その場で文句を言われたのであれば、音声はあった方がもちろん良いですし、文句を言えなかったのであれば、「このような事実があって許せなかった」とメールやLINEで伝えるだけでも違います。
メモをする場合は、
①日にち、②時間、③場所、④誰といたか、などが残っていると証拠として認められやすくなります。
第三者に判断をさせて、ようやくそれが正しいか正しくないのかが決められることなので、判断する人の立場に立って、事実に沿った記録を残しましょう。「こんなのは証拠にならないよね」というようなLINEのやりとりや日記なんかも、腕のある弁護士は証拠にしていきますよ。
まとめ
ハラスメント被害に遭ったら
・決定的なことがあった場合にはすぐさま被害届の提出
・周囲に相談し、「こんな事実があった」ということを伝えておく
・可能な限り録音する
・メモをする(日にち、時間、場所、誰といたか、どのようなことがあったか)
・会社の窓口に相談をする(あくまで仲裁目的であることを念頭に)
・外部の相談窓口を頼る
<第三者が訴えを起こす場合>
・第三者が「セクハラ」「パワハラ」と主張はせず、事実だけを証拠として提出
・メモをしておく(日にち、時間、場所、誰といたか、どのようなことがあったか)
・メモを渡し、被害者本人に訴えをおこしてもらう
・メールやLINEなどのやりとりもしっかり残しておく
・証拠を無理にとろうとすると不自然。日々の経過を残した痕跡をとっておく、程度でよい
取材協力
齋藤 健博
自身のLINEIDを公開しており、初回相談はLINEで無料で行うことが可能な弁護士。ハラスメント問題や浮気・不倫問題の解決に定評があり、過去には弁護士ドットコムのランキングトップに名を連ねた経験も。YouTubeではセクハラ時の対応に関する動画なども公開している。多くの被害者の悩みである「セクハラの線引き」や、「残すべき証拠」などを動画で分かりやすく伝えている。
YouTube動画URL:https://www.youtube.com/watch?v=gd8rwOXDKp0